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〜 虎ノ門界隈の移り変わり 〜

 

明治初期




虎ノ門付近にあった江戸城の外堀は、明治初期頃まで存在していたようです。

写真は現在の文化庁付近であり、当時は『虎ノ門見附』という名でした。
   


大正元年9月




旧虎ノ門外の様子。
   

大正12年9月1日




関東大震災により、都内は壊滅的な被害を受けましたが、奇跡的に当宮は大きな被害を免れました。(写真の中央が当宮)

   

昭和5年




虎ノ門交差点から桜田本郷町(現在の西新橋付近)方面を写した写真です。

『写された港区』より

   

昭和9年




虎ノ門にあった路面電車の停留所の様子。尚、当時使われていた線路の敷石は現在、当宮の末社の参道や周辺の石垣に使われております。

『東京モダン師岡宏次写真集』より
   

昭和37年




虎ノ門交差点付近です。
右の建物は文部省で、中央に見えるのは旧満鉄ビル(現在の商船三井ビル)です。その奥に虎ノ門病院が建っています。

『みなと写真散歩』より

   

昭和42年




明治40年頃から品川―飯田橋間を走っていた《3系統》の都電(東京市電)です。

左の建物は文部省です。

   

昭和42年12月9日




都電が走っていた頃の虎ノ門交差点です。
昭和40年代になると車やバスが増え、都内の渋滞原因の一つとされた都電は、次第に廃止されていきました。

『都電最後の日』より


 

現代
 
   




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